サンフラシスコが同性愛者にとっての都になった訳を解説
- 2020.08.14
- イベント
毎年6月になると、レインボーフラッグを片手に多くの人が、サンフランシスコ市内を行進する。
プライド・パレード(Pride Parade) と呼ばられるこのイベントは、GLBTの平等な権利を訴える。
現在、世界中の大都市でこのようなイベントが行われるようになった。
なかでも、サンフランシスコのパレード (SF Parade) は、世界中から参加者が集まり、人数の多さや、市長などの政治家も参加することで有名だ。
今年は残念ながら、コロナの影響で大規模な行進はされなかった。人気のない街にはレインボーフラッグだけが掲げられた。
僕はサンフランシスコに住んで4年目となる。
サンフランシスコの街を歩いていても、ゲイやレズビアンのカップルをよく見かける。彼ら(彼女ら)にとって、サンフランシスコという街は、とても寛容だ。
なぜこれほどまでに、この街は寛容になれたのか?
こちらの本を参考に解説します。
サンフランシスコが同性愛者にとっての都になった訳
結論
- ゴールドラッシュにより、男性の比率が高まったから
- 大都市だから
- ゲイバーが同性愛者コミュニティを守るため、当局と闘ったから
ゴールドラッシュにより、男性の比率が高まったから
1849年に始まったゴールドラッシュによって発展を遂げたサンフランシスコ。
ゴールドラッシュにより、金鉱で働く独身の男性や投機家の男性が多く集まった。また、港街であるサンフランシスコは、船員のような、男性が常に多く滞在していた。当時のサンフランシスコは男性の割合が極端に高かった。
結果として、サンフランシスコに集まる男性は、支配的な社会規範や慣習に従おうとしない人が多く集まった。
こうして、サンフランシスコにおける男性の同性愛は発達した。
大都市だから
ゴールドラッシュにより発展したサンフランシスコは、大都市となった。大都市には、仕事を求めて各地から様々な人が集まる。
昔から、家父長制に基づいた異性愛核家族こそが唯一の正しいライフスタイルであるとされてきた。
その為、同性愛者は弾圧され、差別の対象となり、本来の自分を隠して生活しなければならない肩身の狭い思いをしてきた。
ところが、大都市には、同じような考えを持つ人が各地から集まる。ここでは、本来の自分をさらけ出し、自分はここにいても良いのだという感覚を得る。
郷里を捨てて、サンフランシスコに住む者が増えた。
そうした、コミュニティーを支えたのが、ゲイバーであった。
ゲイバーが同性愛者コミュニティを守るため、当局と闘ったから
第二次世界大戦後、伝統的な家族観や秩序への回帰が叫ばれていた。
そんな中、サンスフランシスコにおいても、州および市当局による、ゲイバーへの取締り、摘発が増えていた。
しかし、サンフランシスコのゲイバーは、他の大都市のゲイバーと異なり、当局の処分に対して泣き寝入りをせずに闘い続けた。
SFTG (San Francisco Tavern Guild) という組織
サンフランシスコのゲイバーのオーナーたちは、1962年、SFTGという組織を作り、当局のゲイバーに対する不当な処分に対抗した。
SFTGの主な活動は次の4点
- テレホンネットワークの立ち上げ
- イベント、パーティーを開催して寄付を募る
- 酒類メーカーと良い関係を構築
- 政治活動
テレホンネットワーク
情報交換。
サンフランシスコ市警などの当局の動きを迅速にメンバーに伝えた。
イベント、パーティーの開催
活動資金の確保。
ハロウィンパーティーなどのゲイバーの顧客に人気の高い仮装イベントなどを開催し、寄付を募った。
こうして集まった資金は、逮捕された顧客に弁護士を雇ったり、警察による圧力により閉鎖されたゲイバーの救済の為に使われた。
酒類メーカーと良い関係を構築
味方を増やす。
SFTGは、イベントとして、醸造所の見学、お酒のプロモーションを行うなど、酒類メーカーと良い関係を構築することに努めた。
その結果、酒類メーカーはサンフランシスコ市警やABC(カリフォルニア州酒類管理局)との争いの時には、SFTGを支持する立場をとった。
中には、訴訟費用を負担するビールメーカーもあった。
政治活動
影響力。
1964年から、SFTGは本格的に政治活動を開始した。
具体的には、サンフランシスコの政治家と同性愛者で話し合いの場を設け、政治家に同性愛者の理解を促した。支持する政治家のために、同性愛者の選挙人の票を集めた。
その結果、SFTGは、たちまち政治家にとって無視のできない団体になった。
同性愛者にとって寛容な街
1964年、Life誌は「アメリカ同性愛者」という特集を組み、その中でサンフランシシコを「アメリカのゲイの都」と呼んだ。
同性愛者たちの政治的影響力が大きくなるにつれて、政治家たちは同性愛者の票を集めるべく、要望を少しずつ受け入れようになった。
こうして、同性愛者にとっての生活環境はさらに改善した。
こうした変化を雑誌や新聞は頻繁に報道した。
メディアの影響を受けて、さらに同性愛者がサンフランシスコに流入する。
こうしてサンフランシスコは「同性愛者にとっての寛容な街」という名声を得たのである。
まとめ
サンフランシスコが同性愛者によっての都になった訳。
19世紀末のゴールドラッシュにより、男性の比率が極端に高まり、男性の同性愛が発達した。
大都市となったサンフランシスコは、同じような考え方を持つ人が集まり、コミュニティーを形成した。そのコミュニティーを支えたのがゲイバーであった。
ゲイバーのオーナーたちは、SFTGという組織を形成し、当局と闘った。
SFTGの活動は次の4点
- テレホンネットワークの構築→情報収集
- イベント、パーティーの開催→活動資金の確保
- 酒類メーカーと良い関係を構築→味方を増やす
- 政治活動→影響力
こうした活動が功をそうし、メディアに頻繁に取り上げられる。やがて、サンフランシスコは、「同性愛者にとっての寛容な街」との名声を得る。
考察
もし、あなたが世の中から差別や弾圧を受けて、現状を変えたい!
自分たちの住みやすい世の中を作りたい!
と思うのであれば、今回紹介した、記事が参考になるでしょう。
具体的には、
まず、自分と同じ悩みや不安を持っている人とコミュニティーを作る。
次に、コミュニティーは、やがて目的を持った組織となる。
(例えば、同性愛者が差別されず、弾圧されず、住みやすい街を作る、という目的)
組織の活動は、情報収集、資金確保、味方を増やす。
やがてそれは、影響力が大きくなる。
無視できないくらい、影響力が大きくなったら、影響力のある人に影響を及ぼしていく(例えば、政治活動)。
そして、その活動をさらに多くの人に知ってもらう。
(例えば、メディアの活用、毎年一回の大規模なパレード)
こうしてあなたの住みやすい世の中を作って行けるでしょう。
では、また次の記事でお会いしましょう!
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